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日本近現代史を再読

旧古河庭園&飛鳥山公園

  ルート旧古河庭園と飛鳥山公園』探訪  
  JR王子 田端 駒込駅は,頻繁に通過している。地域案内の地図を頼りに、下車して界隈を歩いた。江戸から明治維新の面影を残す旧跡 庭園を探訪。駒込駅から本郷通り(旧日光街道)沿いの旧古河庭園と、王子駅傍の、桜の名所:飛鳥山公園にある渋澤博物館を巡る。詳細案内はNet検索すると幾多もある
   頻繁に通る
北区コミュニティバスの利用が便利~
◆旧古河庭園: 東京庭園へ行こう  
旧古河庭園 洋館とバラの燈籠
・バラの季節が終えようとする頃合だが、まだ幾つか満開で綺麗に咲く
・邸内の入場は、予約時間枠があり自由に見学 喫茶できなくなった
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◆知る人ぞ知る!有名スポット!畏れ入りました!
    偶然、2ヵ所の名立たる店を見つけ立寄る。 TV番組で芸能人が案内する散歩コースになっている。
G (8)◎コヒーエノモト
店主が考案した(汁バーグ)が評判らしい
立て続けにTBS NTV TV東京~ 放映
 榎本店舗HP
 日本ハンバーク協会HP (エノモト紹介)
G (7)◎浅見光彦ミステリー紀行 (平塚亭)
滝野川公園の角、突如、古びた菓子屋が!推理小説ファン必見の拠点らしい・・・
 西ヶ原から王子を歩く
 ミステリーウォーク  探偵の住む街

◆飛鳥山公園  
飛鳥山公園   3つの博物館  渋澤史料館  青淵文庫(晩香廊) 
   桜、紫陽花、紅葉で知られる公園の一画に、旧渋沢栄一の邸宅と隣接して史料館、記念建屋がある。2階建館内には映像 書籍が展示され、激動の明治改革期を想いを馳せながらじっくり閲覧できる。
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                                                                       ※公園広場に展示された、D-51蒸気機関車と路面電車
◆岩崎彌太郎の宿敵渋沢栄一  渋沢と彌太郎(三菱GHP)    彌太郎の生涯の宿敵:渋沢(海援隊Blog) 
 
渋沢VS彌太郎】 明治日本の傑出した経営者で共に国際感覚に秀で、「国家社会があっての企業」という共通の哲学を持っていた。お互いに一目置き、財界人の活動では協力し合うこが多かった。しかし、渋沢は記している「余は岩崎彌太郎氏とは昵懇なりしも、それは私交上のみ、主義の上には意見の背馳するところ多かりき~共同運輸会社を起こしたるも実に三菱に対抗するためなりき~」    渋沢は民にあって合本主義すなわち多数の株主による会社設立を推進。第一国立銀行(みずほ銀行)を創立し、数百の会社設立に参画。儒教精神を西洋流の企業経営に採り込み、義に叶った利を求め、「道徳と経済の合一」をモットーとした。  一方、エネルギーの塊の男、彌太郎は社長独裁こそが企業の活力の源泉と信じて疑わない。明治8年制定の三菱汽船会社規則に謳う。「当商会は…会社の名を命し会社の体をなすといえどもその実全く一家の事業にして…会社に関する一切のこと…全て社長の特裁を仰ぐべし」
  彌太郎は志半ばに歿し、三菱は弟彌之助が引き継いだが、渋沢は長生きして昭和初期まで日本の発展を見届けた。

◆渋沢栄一 ミュージアム http://www.city.fukaya.saitama.jp/shibusawa_eiichi/index.html 
 近代日本経済の父:渋澤その確たる業績を初めて知った。郷里 埼玉県 深谷市に立派な記念館や記念碑 旧家がある。富岡製糸場の世界遺産登録に絡み、渋沢にも影響が及んでいる。 『深谷市=ネギの産地 』だけ! を返上しなければならない~
日本煉瓦製造(株) ttp://www.city.fukaya.saitama.jp/kanko/rekishi/bunkazai/1391566971208.html 
    富国強兵のスローガンンを掲げる明治政府のもと渋澤は、明治21年(1888)煉瓦工場を創業している。当地で製造された煉瓦は、富岡製糸場、東京駅、碓氷峠鉄道橋脚、東宮御所(現赤坂迎賓館)などに使用され、日本産業の近代化に大きく寄与した。  
         ※『澁澤栄一、渋沢元治 伝』Blogに関連して~ 

 
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  • 渋沢 元治 伝【電気立国を担う】
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