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地理空間情報の活用

街歩き(早稲田>江戸川橋)

  街歩き:早稲田大学~江戸川橋
 神田川ルート 神田川(YouTube:南こうせつとかぐや姫)が大ヒット(160万枚)したのはフォークブーム全盛の1973年(昭和48)、今から40年程前のこと。中野あたりを舞台にした映画も作られ、当時の若者文化を象徴した。 神田川は、井の頭公園から流れ出し隅田川に合流する。東京都内における中小河川としては最大規模流路延長24.6km。その昔、「神田上水」を取水し、江戸の水道に利用した。神田川の講釈は、いくらでもあるので、気になった記事だけを参照する。
神田川(東京都) Wikipedia
神田川流域浸水予想図(東京都建設局)   http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/suigai_taisaku/yosouzu/kanda.pdf
神田川に架かる140の橋 
径路
神田川あれこれ(神田雑学大学)
  神田川に関する講座と現地散策(各5回)の有用な情報を記録する。第1回は、早稲田大学から、江戸上水の取水口(堰口)、を経由
して江戸川橋まで、2.5Km程を巡る。川沿いの小路から目白台の斜面は、樹木が繁り湧水もしみ出る。都会のど真中とは思えない、明治半ば頃のまでの里山風景が想像される。路程スナップ写真を纏める。詳細な写真記事が多々掲載されているので、気になるのを参照する。
早稲田大学~神田川~駒塚橋 【万歩計HP】
江戸川公園~江戸川橋  【 同 HP】
新江戸川公園  (細川家下屋敷の庭園跡地。目白台台地から神田川への斜面地を活かした景観)
関口芭蕉庵   (松尾芭蕉が灌漑工事に従事した頃の住居跡)
椿山荘   (江戸時代から、椿の景勝地だった)
道程写真 
  今と昔の国土地理院ℋ図:1/1万を比較すると、明治期まで一帯が田圃だった風景が想像できる。
地理院(現在)地理院(明治)
現在:国土地理院1/1万 池袋、新宿 ★クリックで拡大明治42年(1909)測量 都市図東京北部 ★クリックで拡大
  
 浮世絵歌川広重  浮世絵:広重の神田川沿い(堰口上水端)から高田馬場方面を描く絵は、川底は浅く田圃風景が広がり右斜面に椿山(今の椿山荘)がある。
  GoogleEarthの航空写真で、立体的に観ると新情報が見出せる。
早稲田、目白台、江戸橋 地域地図+Googleストリート・ビュー路
・ 同上 地域の航空写真(高度919m)+3D建屋+道路情報
・ 同上 地域の 標高(等高線5m毎) 情報 
(基盤国土情報から)
・ 同上 江戸(1858年頃)の住居(藩主)地図+現在道路
・ 同上 江戸(1680年頃、芭蕉活躍の頃)の住居地図 
(ラムゼイ歴史地図とGoogle地図を重ね合せ)
           GoogleEarth地図での表示例を示す
・現代の航空写真に江戸(1858年)の地図を重ね合せ表示    (散策径路を赤線で示す)
    1858+現在       ※国土地理空間情報は、GPSにより経緯度/高度(標高)が正確に特定できる時代である。
将来の地形/地理情報を伝承する手段が如何に変遷するのか興味深い。。。   
  
  
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*Edit   
  • 酷暑の夏過ぎて
  • 八ッ場ダムの紅葉